「我が家の結婚写真」
近年、中国人にとって、ウェディング写真は、結婚披露宴よりも重要視されているもののようです。 日取りが決まるとすぐに、「ウェディング写真をどこで撮るの?」とか、「予算はいくら?どんなランクの写真を撮りたい?」などという質問が、よく聞かれることになります。 そして、今は屋外で撮るのが流行りだとか、服装はウェディングドレスのほかに、清朝時代の格好や、チャイナドレスも結構人気がある、さらに日本の着物もぜひ一着頼んで下さいね、などと多くの熱心な人がアドバイスを寄せてくれます。 まるで、ウェディング写真を撮らないことは、イコール結婚していないということになるかのようです。 みんなのアドバイスに囲まれた私は、それでもまだ冷静さを保つ気力が多少はありました。もちろんウェディング写真は撮りますが、その前に結婚証明書をもらうのが一番大事なわけだから、まず結婚証明用の結婚写真を撮ることにしたのです。 友達に勧められて、日本人の婚約者(今の主人)と相談した結果、王府井にある有名写真館で写真を撮ることにしました。当日、二人が写真館に入ってみると、まず中国の著名な漫才芸術家の侯宝林の写真が目に入りました。 他にも、たくさんの芸術家の写真がいっぱいに飾られている店内を見て回って、さすが歴史の長い有名写真館だと感銘を受けたものでした。 2階に上がるとすぐに、結婚証明用の写真を撮影する場所があります。担当の写真師は、ゴマしお頭でベテラン口調でものを言う老北京(北京っ子のこと)なので、その雰囲気から、歴史の長い方だとすぐに分かります。 さっそく、私と主人がそれぞれ右に左にというふうに席につき、姿勢を整えました。写真師が頭を黒い布の中に埋め、「用意、スマイル!」と合図しました。が、ただちに彼は頭を黒い布から出して不満な顔で言いました。「ご主人のほうはなぜ笑わないんですか?」と。 すぐ主人に通訳すると、緊張していた主人はますます困惑したように、「なんで笑う必要があるの?」とばかげた質問を口にしました。説明するのが面倒だった私は、「そもそも結婚することって喜ぶことでしょ?喜ぶんだから笑うのよ!」と、言いました。 なにか悟った主人は、さっそく口を横に長く伸ばして、笑うつもりでいました。しかし、カメラ向こうの写真師は、黒い布の後ろでしばらく見てから、「ご主人の笑い顔があまり良くないから、もう一度表情を作りなおそう。」と注文したのです。 慌てて主人の顔を見てみると、確かに笑うどころか、今にも泣きだすような、苦い顔でいることに気づきました。どうしようもない私は、「ごめんなさい。笑う前になにか合図をしていただけますでしょうか?」と写真師に頼みました。 写真師が黒い布から再び顔を見せ、「それなら、例の手を使うしかないな。この間、この方法で日本人の方が笑ってくれたんだよ。」と言いながら、隅っこからあるものを取りだしました。「僕がこの人形を上げたら、笑って下さいと言ってくれますか?」と写真師は言いました。 よく見てみると、写真師の手には普通大人が子供を喜ばせるために使うゴム製の人形が握られているではありませんか。この人形は押されると、ジージーという音がします。 なるほど、ベテラン写真師の最後の手とは、子供用のおもちゃで大人を喜ばせることだったのか、なんだかこじつけのような気がするなと思いました。でも、この手は効果があったようで、私たちの笑顔はやっと合格をもらいました。 写真館から出て、主人は大きく一息を吸ってから、「あのぅ、ウェディング写真は撮らなくていい?」と突如聞きだしたのです。 この一言をきっかけに、その日の残りの時間は、結婚写真を撮るにはなぜ笑わなければならないか、ということについていろいろ根拠を挙げながら主人に説明することで、過ぎてしまいました。 数日後、ようやく私達の成果を見ることができる日がきました。写真の中で左にいる主人は、ばかげたほど口を横に伸ばしてかろうじて笑顔を作っており、あまり厳密でない基準でいえば、笑っているといえます。 一方右にいる私は、半分心配、半分苛立ちの心情が露呈してしまったので、厳密にいえば、充分笑みを出しているとはいえません。 幸いなことに、この写真は結婚証明用しか使わないので、もらった結婚証明書は殆どタンスの底に隠される破目になりました。
「彼女の場合」
「ウェディング写真をとらなければ結婚してあげないよ!」と、あれこれ手を使い尽くして、やっと旦那さんを説得したAさん。実にこの前中国で結婚証明書をもらったばかりなので、法律上ではすでに夫と正式な夫婦になったことは事実です。今は日本政府に結婚届けの手続き中です。 手続き上ではまだ少し中途半端な立場ですが、逆に旦那さんにウェディング写真を要求するときに役に立つものとなりました。 ウェディング写真をとる当日、担当のカメラマンは台湾出身の人で、英語が少し喋れるし、ちょっとはユーモアのある人でした。 撮影する最中、よく盛り上げて上手に旦那さんを誘導していました。「sweetheart、smile、 smile…、やっぱりsmileをやめようか……」。 数日後、写真ができあがりました。写真をみた友達から、「いいじゃない。ただ旦那さんは少し笑顔が足りない。でも素晴らしいウェディング写真だと思うよ…。いい写真もあるじゃない?」と慰めの話をいっぱいもらいました。 「ここにある写真が、どれだけ多くの写真の中から選んだものか、人にはとても言えない。本当に砂の中から一粒を選ぶという感じだったわ…。」と、慰められたAさんは悲しく思いました。
この前、北京に住んでいる友達から結婚の知らせが届きました。ご主人は帰国者の第2世で、中学生の頃日本にきた方だそうです。 結婚前に、その友達がわざわざ国際電話をかけてきて、いろいろ結婚準備の注意事項について聞いてきました。私は分かるだけ、なるべく詳しく説明しました。 しかし、それから数日後、友達は再び電話をかけてきて、結婚証明書が降りる前の日に旦那さんと喧嘩したと言いました。原因は、友達がウェディング写真が気に入らなかったので、取り直しを旦那さんに頼んだが、断られてしまったということだそうです。電話の向こうで友達がどうしても是非を判定してもらいということで、ウェディング写真までメールで送ってくれました。 さっそくメールを開いて、ご主人の漠然とした顔をみた瞬間、「しまった!」と思いました。ご主人が少年時代を中国で過ごしたから、写真を撮るときに笑顔を作ることに抵抗感がないだろうと、勝手に思いこんでいたので、写真のことは唯一友達に注意しなかったことだったからです。 今見てみると、写真を撮るための笑顔を作れないのは、ご主人がかなり「日化」(日本人らしくなること)してしまったことの証拠でしょうね。
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