風急に天高うして猿嘯哀(えんしょうかな)し
渚清(なぎさきよ)く沙(すな)白うして鳥飛び廻(めぐ)る
無辺(むへん)の落木蕭々(しょうしょう)として下り
不尽(ふじん)の長江滾々(こんこん)として来る
万里悲秋常(ばんりひしゅうつね)に客と作なり
百年多病独(ひゃくねんたびょうひと)り台に登る
艱難苦(かんなんはなは)だ恨む繁霜(はんそう)の鬢びん
潦倒新(ろうとうあらた)に停(とど)む濁酒(だくしゅ)の杯(はい)
【通 釈】
小高い丘の上に登って見ると、秋風が激しく吹き荒れ、
天は抜けるように高く、あちこちから、猿の鳴き声は
もの哀しく聞こえてくる。
一方、下の方を見ると渚の水は清らかに澄み、砂は白く、
そこを鳥が飛び廻っている。
あたり一面 木の葉がさらさらと落ち、尽きることのない
長江の水が凄い勢いで、こんこんと湧き出るように
流れ下って来る。
“この雄大で力強い大自然を眺めながら、杜甫は、
もの思いに沈むのである。”
遠く故郷を離れ 悲しい秋を常に流浪の旅人となって
さまよいそして、生涯病がち(百年多病)な自分は、今
寂しく独りで高台に登っている。
これまでに重ねてきた幾多の苦労のために、髪の毛も
霜をかぶった様に真っ白になってしまったのが恨まれる。
その上、この老いた身のたった一つの楽しみであった
濁り酒も病のために、止めざるをえなくなってしまった。
【鑑 賞】
首聯の対句は ・風急、天高、猿嘯哀、・渚清、沙白、鳥飛廻と三相を詠っている。
それに 蕭々、滾々=重言 艱難、潦倒=畳韻 等、詩全体に美しい語句をちりばめている。
この詩は完璧な七言律詩で,更に4聯全て対句となっている。
まことに見事な全対格(ぜんついかく)である。
石川忠久教授の言葉によれば、「建物に例えれば、荘厳で、立派な門がまえの、総白木の桧造りで、
格調の高い館(やかた)のようである」。
この詩は前半が叙景、後半が叙情の構成となっており、雄大な長江を背景に、杜甫の寂しい心情が
細やかに詠われている。
九月九日の重陽の節句に高殿たかどのに登って詠んだもの。
「登高」とは、中国では、陰暦の九月九日に高い所に登って菊酒を飲むと、厄払いになると言う風習である。
それには、伝説があり昔、ある仙人が桓景かんけいという者に、お前の家には九月九日に災厄があるから、
高い所に登り、菊酒を飲むように、と言うので、その通りにして、帰ってみると、家に飼っていた家畜は禍を受けて全部死んでいた。
桓景は禍を逃れることが出来たことから、九月九日の「登高飲酒の風習が始まった」と言うことである。