刺激が欲しい。何かが足りない。初めて訪れた北京だというのに、わくわく感がまるでない。
マイカーブームに押され、朝の自転車部隊は迫力不足。車があふれる大通りを見下ろすビルは、ピカピカのガラス張り。吉野家にスターバックス、ケンタッキー。マクドナルドのMの看板も至る所で光っている。
何だ、日本の風景と変わらない。香辛料の八角のにおいがプンプンする横浜中華街の方がよっぽど“中国している”じゃないか。
4年後には五輪開催も控えて、国際標準化が進む首都の姿。市内北部では五輪スタジアムの建設が急ピッチで進む。北京っ子からは、工事の遅れが目立つアテネより「先に完成するのではないか」との冗談も聞こえる。代わりに古い町並みが姿を消した。悠久の歴史を堪能したいとの期待は見事に裏切られた。
整備が行き届いた高速道を飛ばすこと1時間。北京の北西に車を走らせた。眼前に現れた、はるかに続く白壁に思わず声をあげてしまった。
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中国北部の山ろくを縫うように延びる「万里の長城」は、全長6000キロ以上(中国国家観光局調べ)といわれる。実に、日本列島二つ分。紀元前に林立していた国々が、北から侵入する騎馬民族を防ぐために造った防壁だった。後に、秦の始皇帝がつなぎ合わせたものだという。1987年に世界遺産登録された中国観光の名所中の名所。北京市郊外では、主に4か所が観光地として整備されている。中でも八達嶺は最大の行楽地で、毎年世界中から多くの観光客を集める。
入場券さえ買えば誰でもその上を歩くことができる。ふもとから眺めるだけだと思っていたので驚いた。四十元(日本円で約520円相当)という料金に2度びっくりした。この国では音楽CDが2枚買える値段。ビールだって飲食店で大瓶5本は飲めるのになどと、くだらない計算をしながらも、人類の遺産に足を踏み入れる喜びを買うことに決めた。
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長城の上はとにかく寒い。ただでさえ最高気温がひとけた台の北京の冬。吹き抜ける風は半端じゃなく冷たい。歩き出して5分で顔面の感覚がない。ボールペンのインクが、あまりの寒さで固まった。取材メモは筆圧を思い切り高くして、力ずくでノートに彫り込んだ。
急しゅんな尾根をなぞるように建てられた長城はアップダウンが激しい。まさに“体育会系”の世界遺産だ。中でも散策ルートの最後に現れた「男坂」は垂直にそそりたつ壁のようだ。登り切ったあなたはいい男という意味を持つ坂だと聞いて一念発起。ところが、手すりにしがみつくように一段30センチ以上の階段をフーフー言いながら登る姿は、いい男とはほど遠かったに違いない。
1時間以上かけてたどり着いた頂上からは、なんとロープウエーが。こちらも料金は40元。もと来た駐車場までわずか5分でつなぐ。今度は迷わずに利用した。
刺激が足りないなどと発言しておきながら、近代文明の恩恵を受けてしまった。不遜(ふそん)な態度を恥じながら、改めて都心に車を走らせた。