第七章 革命
この船はとりもなおさず大不安を未荘に運んでくれて、昼にもならぬうちに全村の人心は非常に動揺した。船の使命はもとより趙家の極秘であったが、茶館や酒屋の中では、革命党が入城するので、挙人老爺がわれわれの田舎に避難して来たと、皆言った。ただ鄒七嫂だけはそうとは言わず、あれは詰らぬガラクタ道具や
そういうものの、
阿Qの耳朶の中にも、とうから革命党という話を聞き及んで、今年また
「革命も
「ここらにいる馬鹿野郎どもの運命を
阿Qは近来生活の費用に
「謀反だぞ、謀反だぞ」
未荘の人は皆
「よし、……乃公がやろうと思えばやるだけの事だ。乃公が気に入った奴は気に入った奴だ。
タッタ、ヂャンヂャン。
後悔するには及ばねえ。酔うて
後悔するには及ばねえ。ヤーヤーヤー………
タッタ、ヂャンヂャン、ドン、ヂャラン、ヂャン。
乃公は鉄の鞭でてめえ達を叩きのめすぞ……」
趙家の二人の旦那と本家の二人の男は、表門の入口に立って革命のことで
「ドンドン……」
「
「ヂャンヂャン」阿Qは彼の名前の下に、「さま」という字が繋がって来ようとは、まさか思いも依ら[#底本ではここに不要な「「」]なかった。これは外の話で自分と関係がないと思ったから、ただ「ドンチャン、ドンチャン、ヂャラン、ヂャンヂャン」と言っていた。
「Qさん」
「思切ってやっつけろ……」
「阿Q!」秀才は仕方なしにもとの通りにその名を喚んだ。
阿Qはようやく立ちどまって首をかしげて訊いた。「なんだね」
「Qさま……当節は……」と趙太爺は口を切ったが、言い出す言葉もなかった。「当節は……素晴らしいもんだね」
「素晴らしいと? あたりまえよ。何をしようが乃公の勝手だ」
「……Q、わしのような貧乏仲間は大丈夫だろうな」と趙白眼はこわごわ訊いた。革命党の口振りを探るつもりであったらしい。
「貧乏仲間? てめえは乃公より金があるぞ」阿Qはそう言いながらすぐに立去った。
みんな萎れ返って物も言わない。趙家の親子は
阿Qは一通りぶらぶら飛び廻って
その晩、
「謀反? 面白いな……来たぞ来たぞ。一陣の白鉢巻、白兜、革命党は皆ダンビラをひっさげて鋼鉄の鞭、爆弾、大砲、菱[#「菱」は底本では「萎」]形に尖った両刃の
「品物は……すぐに入り込んで箱を開けるんだ。
「趙司晨の妹はまずい。鄒七嫂の小娘は二三年たってから話をしよう。偽毛唐の女房は辮子の無い男と寝てやがる、はッ、こいつはたちが
阿Qは彼の胸算用がすっかり片づかぬうちにもう鼾をかいた。四十匁蝋燭は燃え残って五分ほどになり、赤々と燃え上る
「すまねえ、すまねえ」阿Qはたちまち大声上げて起き上った。頭を挙げてきょろきょろあたりを見廻して四十匁蝋燭に目をつけると、すぐにまた頭をおろして
次の日彼は遅く起きて往来に出てみたが、何もかも元の通りであった。彼はやっぱり肚が
庵は春の時と同じような静けさであった。白壁と黒門、彼はちょっと思案して前へ行って門を叩いた。
阿Qは慌てて瓦を持ちなおし馬のように足をふんばって、黒狗と開戦の準備をした。だが庵門はただ一すじの
「お前はまた来たのか。何の用だえ」と尼は呆れ返っていた。
「革命だぞ。てめえ知っているか」と阿Qは
「革命、革命とお言いだが、革命は一遍済んだよ。……お前達は何だってそんな騒ぎをするんだえ」尼は眼のふちを赤くしながら言った。
「何だと?」阿Qは
「お前はまだ知らないのだね。あの人達はもう革命を済ましたよ」
「誰だ?」阿Qは更に訝った。
「秀才と偽毛唐さ」
阿Qは意外のことにぶっつかってわけもなく面喰った。尼は彼の出鼻をへし折って
これもやっぱりその日の午前中の出来事だった。機を見るに敏なる趙秀才は革命党が城内に入ったと聞いて、すぐに辮子を頭の上に巻き込み、今までずっと
彼等はいろいろ想い廻して、やっと想い出したのは靜修庵の中の「皇帝万歳万、万歳!」の一つの
阿Qはあとでこの事を聞いてすこぶる自分の朝寝坊を悔んだ。それにしても彼等が阿Qを誘わなかったのは奇ッ怪千万である。阿Qは一歩
「彼等が、今まで知らずにいるはずはない。阿Qは已に革命党に投じているのじゃないか」