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運河流れ 時止まる

◆魯迅「故郷」の舞台 

 紹興駅は上海から特急列車で二時間半余り。駅の引き込み線には、中国沿海部では珍しくなった蒸気機関車が停車し、煙を吐き出していた。 

 杭州湾の南岸に位置する紹興市は、無論、紹興酒の本場であるが、文豪・魯迅が生まれたまちとしても知られる。 

 魯迅は紹興の旧家に生まれた。「故郷」は一九一九年、当時三十八歳だった魯迅が、紹興の屋敷をすべて売り払い、一家を連れて北京に移った時の体験をもとに書かれた。今、紹興を歩くと、その時代にタイムトリップしたかのような感覚が生まれてくる。 

 まちの至る所に運河が流れている。「故郷」には、家財道具などをつんだ小舟が運河を走る描写がある。運河にかかる石橋は大小合わせ五千近くあるという。人々は今でも、人力の三輪車に乗り、橋を越え、市内を移動している。 

 魯迅は人生の三分の一以上を紹興で過ごした。「故郷」のほかにも、紹興での経験が下敷きとなった作品は多い。 

 生家は「魯迅記念館」として一般に公開されていた。観光名所になっており、人力三輪車が集まっている。記念館には、魯迅が愛用した上着やマフラーなども展示されている。生家の裏の菜園、「百草園」は、少年時代の魯迅の遊び場だった。魯迅が読み書きを学んだ私塾「三味書屋」も保存され、公開されている。 

 魯迅は青年時代、日本に留学した。帰国後、作品を次々と発表し、文筆活動を通じ、中国の近代化の必要を説いた。 

 記念館から歩いて二、三分のところに、やはり代表作の一つ、「孔乙己(中国読み・コンイーチー)」に登場する居酒屋を模した「咸亨(同・シエンホン)酒店」がある。旧時代の架空の知識人、孔乙己の末路が描かれた佳作で、物ごいに身を落とした酒好きの主人公は、居酒屋などで、人々のさげすみの対象となる。観光客相手の店の前には孔乙己像が立ち、記念撮影のかっこうのスポットとなっていた。 

 店に入り、地場産の紹興酒を注文する。紹興酒製造は、まちの産業の柱でもある。茶色の液体がどんぶりになみなみと注がれた。名物の臭豆腐をさかなに、紹興酒を飲み干す。なんとも妙味だ。 

 郊外の東湖に足をのばし、観光用の小舟に乗った。小舟は四人乗り。フェルト帽をかぶった年配の船頭が、両手と足を巧みに使い、操縦する。 

 船頭は六十五歳という。「どのくらい前から舟をこいでいるのか」と声をかけた。「生まれてこのかたずっとかな」。笑顔で答えが返ってきた。 

 中国沿海部は、「改革・開放」の先進地。経済成長で大きな変ぼうをとげた。ただ、紹興は古い時代のたたずまいを残す。魯迅の唱えた「近代化」とは無縁だったのだろうか。大都市とは違う緩やかな時間の流れに接しながら、ふとこんな思いにとらわれた。 

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