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季布の一諾

作者:未知  来源:日本ネット   更新:2004-11-13 19:17:00  点击:  切换到繁體中文

 

 楚の人、季布は若くして任侠をもって知られ、「諾」と一言いった以
上は、その約は必ず果した。のち西楚の覇王項羽が漢の劉邦と天下をか
けて戦った時には、楚の一方の大将としてしばしば劉邦を苦しめたが、
項羽が亡び劉邦が天下を統一すると、首に千金の懸賞をかけられて厳し
く追及された。だが彼を知る者はあえて彼を売るようなことをせず、そ
ればかりか、高祖(劉邦)に取りなしてくれた。おかけで赦されて郎中
となり、次の恵帝のときには中将朗となった。
 
 権謀術策の渦巻く宮廷の人となっても、しかし彼は是を是とし非を非
として主張する誠心を曇らさせることなく、ますます人に尊重された。
そうした彼のエピソードの一つ。
 
 匈奴の酋長単于が、時の権力を一手に握っていた呂太后を馬鹿にした
不遜きわまる手紙を朝廷に寄越したことがあった。
 
 「不埒千万な、どうしてくれよう。」
 
 と、激怒した呂后は、さっそく将軍たちを召して御前会議をもよおし
たが、まずせせりでたのが上将軍樊カイ、
 
 「それがし十万の軍勢をもって、
  匈奴の奴らめを散々に打ちこらしてお見せしましょう。」
 
 なにせ呂氏一門でなければ夜も日も明けぬ時のこと、まして樊カイは
その一門の娘を娶って呂太后のおおぼえめでたい将軍である。呂太后の
顔色ばかりうかがっている腰抜け武士たちが異口同音に、
 
 「それが宜しいと存じます。」
 
 と言ったのも無理はない。
 
 その時である。
 
 「樊カイ斬るべし。」
 
 と大喝した者がある。見れば季布である。
 
 「高祖皇帝ですら四十万の大軍を率いられながら、平城で彼らに包囲
  されたことがあるではござらぬか。それをいま、樊カイの言うとこ
  ろでは十万で打ち破るとか。いやはや大言壮語もはなはなだしい。
  皆を盲人だとでも思っているのか。だいたい秦の亡んだのも、胡と
  事をかまえたために、陳勝らがその虚に乗じて立ったことから起こ
  ったのですぞ。彼らから蒙った傷は、まだ今日においてすら完全に
  なおっておらぬと申すに、樊カイはお上に媚びをうり、天下の動揺
  を招こうとしておる者といえましょうぞ。」
 
 一同はさっと顔色を変えた。季布の命もこれまでと思ったのである。
だが、呂太后は怒らなかった。閉会を命じると、以来二度と匈奴討伐の
ことを言い出さなかったのである。
 
 時に楚の人で、曹丘という者があった。すこぶる弁の立つ男であった
が、権勢欲と金銭欲の強い男で、朝廷に陰然たる勢力をもつ宦官の趙談
に取り入っており、また時の皇帝であった景帝の母方の叔父にあたる竇
長君の許に親しく出入りしていた。これを耳にした季布は、竇長君に手
紙を書き、「曹丘生は下らぬ男であると聞いております。交際はおやめ
なされ。」と親切に言ってやった。折しも曹丘はよそへ行っていたが、
帰京すると竇長君のところへ来て、季布への紹介状を書いてくれと言っ
た。竇長君が、
 
 「季将軍は君が好きではないらしい。
  行かぬ方がよいのではないか。」
 
 と言ったが、彼は無理矢理頼みこんで紹介状をもらうと、まず手紙で
訪ねたいと言いやっておいて出かけて行った。季布がカンカンになって
待ちうけるところへ訪ねた曹丘は、挨拶を終わると口を切った。
 
 「楚の国の者たちは、『黄金百斤を得るは、季布の一諾を得るに如か
  ず』と言いはやし、もはや諺にまでなっておりますが、いったいど
  うしてこうも有名になられたのです。ひとつお聞かせ下さらぬか。
  もともとわれわれは同郷人ではあり、そのわたしが、あなたのこと
  を天下に吹聴して廻ったらどういうことになると思います。今はた
  かだか梁と楚の国ぐらいしか聞こえておりませぬが、わたしが廻っ
  たらおそらくあなたの名は天下に轟くことになりましょうぞ。」
 
 自分の名が天下に響くと聞くとさすがの季布もすっかり喜んだ。賓客
として自分の家に数ヵ月もひきとめ、下へも置かぬもてなしをしてから
送り出した。この曹丘の舌によって、季布の名はますます天下に伝わる
こととなるのである。
 
 「季布の一諾」、略して「季諾」とは、今日、たしかに承知すること
の意に用いられている。また「金諾」とも言う。 (「史記」季布伝)
 
 


 

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